緩和ケアへの期待

hrslcl2006-04-12

 日本で立ち遅れている要因の一つが、中毒や依存症になるのではといった、「モルヒネ」のマイナスイメージだ。だが、武田さんは「痛みをとる治療は初期のがんでも行われるが、そのために、中毒や依存症になることはない」と言う。

 星薬科大の鈴木勉教授の研究によると、一般の人にモルヒネを投与すると、ドーパミンが増え依存症になるが、がんなどの痛みがある人に対して投与した場合は、ドーパミンの上昇が抑えられて依存症にはならない。

 麻薬に関する法律上の規制があり、取り扱いが煩雑だからという声もあるが、武田さんは「医療用麻薬を使えるのは医師だけ。煩雑さを理由に使わないのは怠慢」と強調している。

 翌週、自宅に戻った喜代美さんの病状に、不思議なことが起こった。病院ではいくら麻薬を使っても消えなかった痛みが、住み慣れた我が家に戻った途端に和らいだ。

 大岩さんは「痛み止めの薬は同じでも、くつろげる場所にいることが緩和効果をもたらす」と説明する。病院での痛みが、自宅では半分になることもある。

 「自治体に相談窓口の設置を働きかけ、患者側からも声が上がるよう、様々な機会をとらえて必要性を訴えていく。全国どこでも同じように情報やサービスを得られる仕組みを作りたい。それが、亡くなった2人と私の夢なのです」(針原 陽子)

 在宅ホスピス 末期がんなどの患者が、医師や看護師の訪問を受けながら自宅やケア付き住宅などで過ごすこと。苦痛の緩和に重点が置かれ、延命を目的とする治療は行わない。ただ、専門知識を持つ医師や24時間対応する訪問看護ステーションの不足などから、あまり普及が進んでいない。

ホスピス病棟の患者たちの第一の望みは、体の苦痛を除くこと。がんに伴う痛みの大半はモルヒネなどの薬で消える。それでも残る痛みや呼吸困難、だるさにはセデーション(意識レベルを下げる)という方法もある。症状のコントロールは緩和ケアの基本。安らかな死に欠かせない「必要条件」だ。ただし、「十分条件」ではないという。

 寂しい、やるせない、つらいといった精神的な痛みが、その後必ず出て来て、それが高じると不安、うつの症状になる。大切なのは『自分の気持ちが周囲に理解されている』と思える関係を築くことです

 「緩和ケアに入院する人たちが直面するのは、死の恐怖だけではないのです」。同病院緩和ケア病棟の清水千世看護課長(47)は話す。家族に迷惑をかけてこなかったか、自分の人生に意味はあったかなど、これまでの人生を振り返り、思い悩む人が少なくないという。死の恐怖を「荒野に一人で立っているよう」と例えた須藤さんもその例外ではなかった。「人には話せない私生活の悩み」(斉藤さん)を医師や看護師、そして最愛の娘に吐露した。

 「『まだ死にたくない』と言う彼女に、理由を聞くと、『こんなに自分を大事にしてくれる人たちと別れるのがつらいから』と答えた。客観的に見れば大変な状況であっても、人は生きる意味を見いだせる」

1990年ごろ、世界保健機関(WHO)は「緩和ケア」という考え方を提唱した。「根治治療が不可能な患者に対する積極的な全人的ケア」のことだ。向山医師は、この考え方をとても大切にしている。

 「『積極的』とは、がんを治すことだけじゃない。痛みを取り除き、最後まで希望を持って生きる環境を提供することも、積極的な医療なのです」